本当の親を知らなかった50年ー新生児取り違え事件ー

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隠されていた真実

家族から引き剥がされ、見知らぬ国での生存を強いられた拉致被害者の苦悩は想像を絶するが、それと本質的に同じだろう事件が日本でも発生していました。被害者は血縁のない家族に育てられ、冷遇され、だが、その原因が自らの新生児取り違えだと認めた名門病院は、過誤をカネで隠蔽していたということが明らかになりました。

事件の概要:順天堂大順天堂医院(東京)で約50年前に赤ちゃんの取り違えが起きたとされる問題で、当事者側が「取り違えの発生原因を検証し、その上で講じた対処方法を明らかにしてほしい」との要望書を厚生労働相や日本医師会長に出したことがわかりました。週刊新潮の編集部へ18日、代理で送付し、差出人は「順天堂医院にて取り違えられた私とその家族」。「今となっては元に戻らない、取り返せない人生を歩んできています」と心情を吐露し、「育ての親、年老いた母を、このまま悔いを抱えたまま見送りたくない」として「心からの謝罪と、二度とこのようなことがないよう医学界のシステムを万全のものにしてほしい」と訴えています。  順天堂大学医学部附属順天堂医院を運営する学校法人「順天堂」によりますと、約50年前に医院で生まれた子どもとその母親から最近になって相談を受けてDNAを検査したところ、2人に親子関係がないことが分かりました。当時、医院では赤ちゃんが生まれたら助産師が体をきれいにした後、足の裏に母親の名前を書いていました。取り違えはこの間に起きたものとみられます。医院は「取り違えが発生した可能性は極めて高い」とし、親子に謝罪しました。取り違えたもう一方が誰かについても当時のカルテなどから絞り込まれていますが、平穏な生活を乱す恐れがあることなどから本人には知らせないとしています。

子供を取り違えられた母親は

「血のつながっている子どもは今、どうしているのかなと。元気でいるなら姿だけでも、見せてくれればいいかなと」(子どもを取り違えられた母親) 。このように話すのは、都内に住む76歳の母親。51年前の1967年1月半ば、順天堂大学附属順天堂医院で男の子を出産しましたが、DNA検査の結果、育ててきた息子との間には血縁関係がないことが2年前、明らかになりました。「私が誰なのか。(病院に)すぐ動いてほしいと伝えました」(取り違えられた男性)この息子を育てた母親が初めてカメラでの取材に応じ、「真実が知りたい」と訴えました。「子どもにも、ちゃんとしたお母さんとお父さんがどういう人なのか知らせてあげたい。ちゃんと分かっているのは、順天堂病院だけなんですから」(子どもを取り違えられた母親)  実は、母親は40年以上前にも取り違えを疑い、順天堂を何度も訪れていました。しかし、病院側からは追い返されたといいます。  「『(順天堂は)うちは間違いはないので、あなたの浮気ではないですか』と」(子どもを取り違えられた母親)  順天堂は今回、取り違えの可能性を認め、今月6日に初めて公表しましたが、相手の情報は「平穏な日常を乱す可能性がある」などとして、これまで母親らにも明らかにしていません。こうした対応を受け、母親と息子は厚生労働省などに対し、順天堂への適切な指導を求める要望書を提出しました。  「『似てない』とか『あなたの子なの』とか、さんざんいろんな人に言われて、誰にも相談することできなかった。大変苦しくてつらい思いというのが、いまだに考えるのが嫌なほど大変でした。きちんと正確なことを教えてほしいというのが私の願いです」(子どもを取り違えられた母親)

父が母の浮気を疑い…

「なんでもその男性は、生まれて半世紀近くも経ってから、おかあさんに“血がつながっていないかもしれない”と告げられたという話で、急いでDNA検査をしたところ、その通りの結果が出たんだそうです。ただ、以前から思い当たるフシはあったようです」

それは具体的には、どんなことだったのか。

「男性と母親は顔も似ていなければ、性格も違っていて、ご両親の離婚も男性の血液型のせいだと、だれかに告げられたこともあったんだそうです。男性のご両親は男性が小学生だか中学生のころに離婚しているのですが、原因は血液検査の結果、男性の血液型がご両親から生まれるはずのないものだとわかり、父親が母親の浮気を疑ったためだったという話でした。それ以後、母親の再婚相手や親戚から冷たくされるなど、男性はずいぶん苦労されたということでした」そして、「生まれた直後に、順天堂医院で取り違えられたことは間違いありませんが、では本当の親はだれで、本当の家族はいまどこで暮らしていて、それがどういう家なのか、一切知ることができていません」。これらの事が、この関係者が重い口を開いた動機だといいます。

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50年間本当の親を知らなかった当事者の訴え

当事者の方は「順天堂医院にて取り違えられた私とその家族」。「今となっては元に戻らない、取り返せない人生を歩んできています」と心情を吐露し、「育ての親、年老いた母を、このまま悔いを抱えたまま見送りたくない」として「心からの謝罪と、二度とこのようなことがないよう医学界のシステムを万全のものにしてほしい」と訴えた。

男性によりますと、3年前、母親から「自分の子どもではない」と突然告げられ、医院側に事実確認を求め、DNA検査などをした結果、去年、医院側が取り違えを認め謝罪したということです。
男性は「母親が『本当のことを伝えないまま、私が亡くなってしまうと、事実がわからなくなる』と打ち明けてくれた。最初聞いたときは、まさかあの大きな病院で取り違えが起きる訳がないと思ったが、ずっと違和感を抱いたまま生きてきたので、やはりそうかという気持ちもありました」と話しました。
男性によりますと、母親が取り違えを疑ったのは昭和48年、小学校入学のときの血液検査だったということです。
男性は「両親ともにB型なのに私がA型という結果が出て、がく然とした母親は、すぐに医院に相談に行った。何度も通って取り違えが起きていないか確認を求めたのに『これ以上求めるなら裁判を起こしてください』と言われたとのことだった。血液型が違うため、母親は浮気を疑われ、両親は離婚した。私は親類の家に預けられ、高校にも行けず、すべてを諦めないといけない状態でした」と話しました。
取り違えが発覚したあと、男性は医院側に対し、実の両親が誰か教えてほしいと依頼しましたが、医院側は、個人情報を理由に情報提供を拒否したということです。
男性は「別の人生を歩んでいたのかと思うと許せない。間に合うのであれば一度でいいから本当の親と会って話をしてみたいし、育ての母親もそう思っている。顔が似ていないと言われながら育てられてきたので、実際に会って安心したいし、せめて元気で生きていてくれているのか、事実だけでも教えてほしいです」と話しました。
また、医院に対して「取り違えが起きてしまったことはしかたないが、二度とこういうことが起きないよう、きちんと対応してほしいです」と訴えました。

 

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